動物の神経系には、多種同族体ペプチドと呼ばれる全体の構造がよく似た多種のペプチドが存在する。神経ペプチドであるエンテリンやMIP関連ペプチドは、われわれがアメフラシ神経系から単離し構造を決定した多種同族体ペプチドであり、これら多種の ペプチドが、ひとつの神経細胞内で同時に発現し情報伝達に関わっていると考えられている。現在、このような同族体ペプチドの生理的意義を明らかにするために、ペプチド含有神経の局在や各ペプチドの生理作用の解析を進めている。
文献:Furukawa, Y., et al. (2001) The enterins: A novel family of neuropeptides isolated from the enteric nervous system and CNS of Aplysia. J. Neurosci., 21:8247-8261
生体内に発現す るタンパク質やペプチドのほとんどはL型アミ ノ酸で構成されているが、ごく稀にD型アミノ 酸を含むものがあり、神経ペプチドの中にもD型アミノ酸を持つものがいくつか知られている。われわれがアメフラシにおいて同定した強い心拍動増強作用を持つ神経ペプチドであるNdWFamideも、N末端から2残基目のトリプトファン(W)がD型アミノ酸である。D型アミノ酸を含む神経ペプチドの生理的意義を明らかにするために、NdWFamideの生理作用、ペプチドの構造活性相関、生体内での代謝経路、ペプチド前駆体遺伝子の解析などを進めている。
文献:Morishita, F., et al., (1997) A novel D-amino-acid containing peptide isolated from Aplysia heart. Biochem. Biophys. Res. Commun., 240:643-645
動物の血液循環系では、心臓から送り出された血液が動脈を通って全身に運ばれる。心臓や動脈は神経支配を受けており、個体行動の様々な局面で神経系による血液循環の調節が行われる。アメ フラシの心臓や動脈はペプチド性神経による支配を受けていることから、この系において、ペプチド性神経調節機構を解析している。
文献:Sasaki, K., et al. (2002) The enterins inhibit the contractile activity of the anterior aorta of Aplysia kurodai. J. Exp. Biol., 205:3525-3533
イオンチャネル は細胞膜を介してのイオン輸送を行う膜蛋白 であり、神経興奮現象、神経伝達物質の放出機構、細胞内イオン環境の調節など神経系が機能する上で必須の膜蛋白であるが、その基本的機能が神経伝達物資によって調節を受けることが知られている。われわれは、神経ペプチドによるイオンチャネルの機能修飾を アメフラシ神経細胞やアメフラシ筋肉細胞を 実験系として解析している。
文献:Kanemaru, K., et al. (2002) Aplysia cardioactive peptide (NdWFamide) enhances the L-type Ca2+ current of Aplysia ventricular myocytes. Peptides, 23: 1991-1998
電位依存性イオンチャネルは神経系の様々な機能に関わる情報伝達素子の一つである。その中でもK+の輸送を行うK+チャネルは最も構造と機能に関する研究が進んでいる膜蛋白である。われわれは、アメフラシの電位依存性K+チャネルのひとつであるAKv1.1aの構造と機能に関する研究を行っており、特に蓄積的不活性化とよばれる現象に関わる分子構造の研究を進めている。
文献:Shimizu,Y., et al. (2002) Cumulative inactivation and the pore domain in the Kv1 channels. Pflugers Arch., 443:720-30.
神経ペプチドの作用機序としては、いわゆる細胞内シグナル伝達系を介するものがよく知られている。一方、軟体動物の神経系において、FMRFamideとよばれる神経ペプチドが、直接、Na+を通すイオンチャネルを開閉することが示唆されていた。近年、このペプチド作動性Na+ チャネル(FaNaCと略される)の遺伝子クローニングがなされ、このチャネルの構造と機能に関する 研究を行うことが出来るようになってきた。 最近、われわれの研究室でもアメフラシのFaNaCのクローニングに成功したので、このペプチド作動性イオンチャネルの構造・機能相関に関する研究を進めている。
神経伝達物質トランスポーターは、神経終末部から放出された伝達物質を細胞内に再取り込みすることでシナプス間隙における伝達物質の濃度をすみやかに下げる働きをする膜蛋白である。また、 この素子が逆方向に働くことで、伝達物質の放出機構のひとつとして働く例も知られている。このように神経系において重要な働きをする機能素子であるが、この膜蛋白の構造・ 機能相関に関する研究はイオンチャネルに比べ遅れている。われわれの研究室では、最近、アメフラシの中枢神経系から種々の神経伝達物質トランスポーター遺伝子のクローニング に成功したので、この素子の構造・機能相関に関する研究を開始している。
イソギンチャクやクラゲなどの腔腸動物は、最も原始的な神経系とされる散在神経系とばれる独特な神経系を持つ動物として知られている。そこで、ヒドラを実験材料として、散在神経系で働く神経ペプチドの構造と機能の解析を行っている。免疫組織化学により、ヒドラの神経系にも、ほ乳類のペプチドであるバ ソプレッシン(CYFQNCPRG-NH2)と類似のペプチドが存在すると考えられてきたが、われわれの研究により、ヒドラのバソプレッシン様ペプチドの実態は、C末端構造がバソプレッシンと共通なだけの全く別のペプチド (FPQSFLPRG-NH2)であることが明らかになった 。この研究は、藤澤敏孝博士(遺伝 研)、小泉 修博士(福岡女子大)らを中心とする研究グループとの共同研究として行っている。
文献:Morishita, F., et al. (2003) Identification of vasopressin-like immunoreactive substance in hydra. Peptides, 24: 17-26
軟体動物前鰓類では、内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン)の影響で雌が雄化する現象(インポセックス)が見られ、 生態系や養殖産業への影響が懸念されている。この現象は、内分泌撹乱物質によりステロイドホルモン系が乱されるためにおこると考えられている。これに加えてペプチド性神経ホルモンの攪乱による可能性も考えられるが、 前鰓類がもつ神経ペプチドについては十分な解析がなされていない。そこで、内分泌撹乱物質の作用により雄性化することが示されている前鰓類のイボニシにおいて神経ペプチドの同定を行っている。この研究は堀口敏宏博士(環境研)を中心とする研究グループとの共同研究として行っている。
D型アミノ酸を含む神経ペプチドは、軟体動物からはNdWFamideを含めて7種しか同定されておらず、また個々のD型アミノ酸含有ペプチドについて見ると、いずれも限られた動物種からしか単離されていない。われわれは、アメフラシに続いてカタツムリ(Euhadra congenita)とモノアラガイ(Lymnaea stagnalis) の2種からもNdWFamideを単離した。また、Otala lactea など数種の有肺類においてもNdWFamideの存在を示唆する結果を得た。NdWFamideは、多くの軟体動物において神経ペプチドとして機能している可能性がある。この研究は、A.S.M. Saleuddin 教授 (ヨーク大学、カナダ)、南方宏之博士(サントリー生有研)との国際共同研究として行った。
文献:Morishita, F., et al., (2003) Distribution and function of an Aplysia cardioexcitatory peptide, NdWFamide, in pulmonate snails. Peptides, in press.